04年8月2日(月)
「のむてつさんには、この本ッスよ」と、友人の上海ドリームさんが勧めてくれた本。
『不良少年の夢』義家弘介
日本では、ドラマ化されたんですよね?私は見てないのですが、元不良が教師になって‥‥という話。
借りたときは、あまり期待してなかったのですが、読み始めてみると「!!!」
こういう気持ちで、『大人不信』になっていくんだ‥‥と、「これは、自分も子供のとき思ったことある」とか、「うわ、これは大人がひどいわ」などと、よくわかります。
このへんの話は、ひとつの物語になっているので、ご自分で読んでいただくとして(笑)、この著者が、教師になってからの考え方に、今回、すごく共感してしまったんです。
信頼や相互理解の高まりは、互いの思いの強さ、そして分け合った時間に比例する。
私もこれは、教員時代にすごく感じていたことなんです。子供達は、特に「思いの強さ」には敏感です。
そして、分け合った時間というのは、一目瞭然。サッとその教師との距離を感じ取ります。
今回、この部分がひっかかったのは、2,3日前に書いた、パワフル社長や川田さんから聞いてきた話とつながってる!と思ったんです。
なかなか言うことを聞いてくれない相手が、子供であるか、中国人であるかの違い。もう少し、詳しく書いてある部分から、抜粋です。
常識を標榜する大人たちの価値観など、子供たちの社会では無力である。もし、そんな暗闇に光を当てることができるとしたらそれは唯一つ、『信頼』であるだろう。信頼とは一朝一夕に生まれるものではない。信頼とは、様々な傷を共に負い、そして共に喜び、共に泣き、共に悔やんだという歴史の先に芽生えるものである。親子でも、夫婦でも同じであろう。そしてそこにたどり着くまでに、価値観の違う人と人とをつなぐもの、それはまさしく『偽りなき、真剣な思い』に他ならないだろう。
これを少し入れ替えてみると、こうなります。
『日本式』を標榜する日本人たちの価値観など、中国人の社会では無力である。もし、そんな習慣の違いに光を当てることができるとしたらそれは唯一つ、『信頼』であるだろう。信頼とは一朝一夕に生まれるものではない。信頼とは、様々な傷を共に負い、そして共に喜び、共に泣き、共に悔やんだという歴史の先に芽生えるものである。親子でも、夫婦でも同じであろう。そしてそこにたどり着くまでに、価値観の違う人と人とをつなぐもの、それはまさしく『偽りなき、真剣な思い』に他ならないだろう。
あくまで、希望的観測を含めた仮説です。でも、このやり方で成功させている人がいる。ということは、私にもできるはずだ、と。
「人間なんだから基本は一緒でしょう」というシンプルな結論を期待しているのですが、さて、実際はどうなるかな。これからの仕事が楽しみです!!