
(03年10月11日)
10月10日は、誕生日でした。この一年は、自分から見ても、激しい一年だったと思います。
教員を辞めて、上海に来ることを決めた歳。「このまま20代が終わってしまって、いいのか?」という疑問から、私は動き始めた気がします。
中国語を第2外国語としつつも、狙いは単位の取得だけで、中国そのものには全然興味がなかった、学生時代。
今考えてみれば、海外旅行も、卒業旅行まで行ったことがないくらい視野の狭い学生でした。
卒論で、世界の頂点に立つ国(覇権理論)について扱ったことから、「次はアジアなのかな」と、なんとなく考えたくらいです。
本格的に興味を持ち始めたのは、働き始めたあと、邱永漢先生の本を古本屋で見つけたときでした。
ちょうど2年前のことです。
その本は、邱永漢先生のホームページ、『もしもしQさんQさんよ』が本になったもので、その本とホームページを読んでいると、「もう、これは、中国に行くしかない!!!」と思えてくるんです(笑)。
(そのHPの内容を見ていただければ、そういう気になると思います。ぜひ一度、ご覧になってみてください!)
でも何をすればいいか、なんて考えていませんでした。とりあえず、行きたい。これだけです。思い込むと、すぐに行動してしまうのが、良くも悪くも私の特徴です。
そのホームページでの「中国で働いてみませんか?」という言葉に反応し、真っ先に身上書を送り、申し込んでいました。
でも、面接は東京。私が当時いた場所は、愛知県の豊橋。浜名湖の近くです。面接は、永漢先生が直接して下さるというもので、とてもありがたいのですが、忙しい方なので、日にちが固定されてしまいます。
「平日一日くらいなら、仕事休んじゃえ」と気合を入れていました。でも、上手くいかないことってありますよね。
指定された面接の日は、保護者面談と重なっていました。さすがに、保護者面談をキャンセルすることはできず、そのときは、中国行きのチャンスをあきらめました。
一年半前のことです。すごく悔しかったのを覚えています。
でも、この悔しい思いがあったからこそ、「どうしても中国に行きたい」という強い思いが生まれてきたのだと思います。
そして、その後、上海での短期語学留学に参加し、今一緒に仕事をしている先生と出会ったのでした。
そして約一年後の昨日、上海で誕生日を迎えました。3年前には、全く考えもしなかった生活。
実感としては、「やる気になれば、結構、実現できるもんなんだ」という感じです。まだまだ生活は厳しいですが(笑)。
さあ、これから一年、どんな一年にすることができるか?動いているというだけではなく、『結果を出す』一年にしたいと思います。